2015年10月26日月曜日

維新騒動は政治信条、とりわけ地方分権の観点でみればおおさか維新の理念に歩がある。


2015/10/26 (敬称は省略します)

維新騒動は政治信条、とりわけ地方分権の観点でみればおおさか維新の理念に歩がある。

●やはり結果的に理念なき東京組はもう維新の名からは遥かに遠いところに追いやられた。 もう党名使用の際にはまずは本音の気持ちからも自身を裏切らざるを得ない感覚的な引け目感は否めない。 現実に民主に人とカネを持ち込んで売り込みをしたと言われても仕方がない。 例によってウジウジして拱手傍観の民主岡田の前で値踏みされて結局は門前払いだ。 そのあとは実際のところ当方が真正維新でごさいますなんてどの面下げてこれからやってゆくのだ。 必ず政党助成金の受け取りのこともあってまたまた党名を変えないといけなくなるのは当然のことである。 わたしは前々から松野という人物は親父も昔バルカン政治家と言われて政局に多少名を売った政治家だったがつまりは政局を渡り歩くだけでしかなかったブローカー政治屋だった。 この息子も親父よりはさらに出来が悪い勘の悪さだ。 そんな女衒みたいな詐欺師に釣られて東京に戻った今の維新の風上にも置けない連中はこれからの方がもっと苦しいと思う。 わたしはその東京組に元みんなの党からの井坂信彦議員を常に投票してきただけに彼が東京組に入っていることには事情はあるとは思うが好漢惜しむべしとの気持ちを禁じ得ない。 彼はみんなの渡辺氏時代からも若手の俊秀で早くから嘱望されてみんなから維新の党に合流してからも早くも代表質問にも何回か登壇し今は東京組維新の政調会長代理だった。 まだことし41歳の若さだ。 だから彼の古巣は元々はみんなの党だ。 初当選は2010年の次点後の2012年だがわずか3年の間に地歩を固めた。 なんとしても彼は育ってほしい。 たまたま兵庫県の選挙区だったことがきっかけであった。 ほかの維新組とはルーツは違うが不偏不党の実に清らかな若手である。 今後の彼の行動はやはり気にはなる。

それにしても親分が知恵がないときは追随の子分は悲劇だ。 おおさか維新にはきのうになって関ケ原の小早川秀秋紛いに満を持して8名ほどの国会議員らが橋下シンパとして合流したので大阪側は一気に気勢が上がったやに見えるが

それでも国会議員ベースではやっと元の51人から見れば20人足らずだ。 すでに東京と大阪では本家争いから刑事告発などの裁判への動きが出ており、長期化も予想されるということだ。 こういう場合の管轄省は総務省であろうか。 

安倍政権がその場合受付窓口となれば東京組はさらに追い込まれる事態となるのは必至である。 結局、民主とも門前払いともなれば東京組こそは名前と実体からみて大義の面からも落ち目の三度笠となっていやいやながら新党へと看板の架け替えをしないと年末の政党助成金の資格のこともあろう。 民主の更なる覇気無き漂流に加えて東京組の今後も現状維持はありえない。 

それにしても野党は岡田うじうじというよりは関ヶ原のあの毛利輝元のように戦線には加わらず敗戦後は徳川家康に申し出て、自ら大坂城から退去したのである。戦わない毛利輝元は岡田にコピペだ。 戦わずして山口に帰った毛利は徳川家康によって毛利本家の改易は避けられた。ただし、所領は周防・長門2ヶ国の37万石に大減封となった。 

このことの恨みは明治維新までの毛利の怨念となって討幕までの毛利藩の

徳川憎しの燃え盛るマグマとなって250年間も続いた。 いまの民主岡田にそれくらいの毛利の根性があろうか?   戦後70年間の中で最低の野党第1党のワーストワン党首であることは間違いない。 とにかく覇気のないこと夥しい。 いつも言うが蓮舫の女には惜しいあの気迫と切り返しは実は安倍ももったいないとおもっているのでは?   ぶら下げている一物をできれば取り替えてほしい位だ。 ええい、顔を見るだけでも声を聴くだに辛気臭い奴だとつくづく思う人は多いのでは?   今年も安保法制の重大事になんと半年以上年初から夏前まで網膜剥離とか何とか言って全然活動しなかったズルだ。 世論の風頼りばかりの待ちの政治を当てにしているこの態度はいずれ安保法制にいまも反対する有権者から袖にされるのは間違いない。 とくに衆議院は河童の川流れですぐに与党に組み伏せられだ。 辛うじて参院はそれでも敢闘して反撃したのは記憶に新しかったが、そこには岡田の影はまるで見えなかった。 ほんに柳のように棚引くだけの風任せはもうありえないのに。 安倍政治の強気は風流民主の無為無策がそれを煽っていることにも原因がある。

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