2016/1/2 (敬称は省略します)
世のなかとんとん
なぜに日本は文化どまりで日本文明にはなれないのか?
●それでも英国は一時期19-20世紀にはイギリス文明と言われてもおかしくはないほどに世界に君臨した。 いわゆる七つの海には日の出を見ないことはなかった。 どうしておなじ海洋国家なのに日本は世界的に国力最盛期でもそんな呼び方はされたことはない。 お隣の中国はその歴史の古さと地政学的な広大さで中国文明としては相応しい。 そして20世紀以後のアメリカは名実ともに世界に冠たる超文明国家で史上最強と言ってもいい。
明治に岡倉天心がアジアはひとつと言った。 しかし反面アジアは多様性のるつぼともいわれる。 そのアジアで中国が一国だけで中国文明と言われるのは本当は中国だけでなく周辺アジア国にも文明の影響を与えていたことからの文明の意義である。 やはり文明には広く周辺に照射するひかりが必要である。
そういえば古来からのたとえばエジプト文明などを見てもその文明の永さと影響範囲の地政学的範囲は相当なものだ。 ギリシャ文明などもその後のヨーロッパ文明の故郷と言われる時間と広大な地域に余韻をいまも与えているのだ。
イギリス文明も植民地政策という手段で広く世界に進出してカナダ、インド、オーストラリア、ニュージーランド、香港、中東諸国にその足がかりをおいて19-20世紀はイギリスが世界最強のシフトを引いた。 さすがにアメリカ合衆国だけは取り逃がしたがいまも米英は底辺では繋がっている。
さて日本はといえばもうどう見ても文化まではものによってはいい線まで行っても、どう見ても文明になるともうハードルが高すぎてとうとう先の戦争でコテンパンに叩きのめされた。 もうやけくそのやんぱちとはあのことだ。
米英蘭中に最後はロシアまでの派手さだ。 もしあの八紘一宇のアジアは一つの精神がなると思っていたらなんと日本人は御目出度い単純な民族かといまならば噴飯ものアジア観だと子供にも笑われそうだ。 さすがに現代の近隣北東アジアに限っても日本は分裂した両南北朝鮮と中国ともうまく付き合えていない。 どっちもどっちだが、アジアの中の日本にはイギリスのに於ける知性と外交力、アメリカに於ける武力と資源の根本的欠如の無認識の不足という決定的な要素を踏み外した知力の無さはもう信じられないくらいのアホさである。
自分がこの国に生まれてきたことが悔しいほどのノー天気、忘れやすさがいまも戦後70年経ってもおなじ繰り返しのDNAを垣間見るときそのいつか見たデジャブーをいまもあのあれだ!!
とくに最近の安倍アホ政権になってからはよく見ることが多い。
この知性の無さはもう嫌なくらいの戦前の日本の指導者と重なるレベルの低さをいまも頑固に引きずっていることだ。 これでは1000年経っても文明国家にはなれないし、いやもう文化のレベルの一角は後進国に追い上げられてキャッチアップされそうだ。 とくに政治家と官僚の固陋性と閉鎖性はもう先祖返りが甚だしい位に考え方は脱皮できていない。 とくにそのくせ経済ではその必要性は厳然としてあるのである。

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