2016年1月12日火曜日

世のなかとんとん


2016/1/12 (敬称は省略します)

世のなかとんとん

仮需、仮想需要から実需へ。

●世界経済はアメリカの金利引き上げを通じて今までの下駄を履いたインチキ数値からの是正を迫られているようだ。 仮は飽くまでも仮でいろいろのしがらみと一部虚構も含めての偽装経済だ。 中国も日本もそれに染まっていたということだ。 GDPという魔物尺度に幻覚されてとくに中国は必要でもないものをさも必要だとよくボケして先行投資に明け暮れて、今日のザマである。

日本の先例もあったのにそれに学ばずにいま小出しのバブル清算の真っ最中だと思う。 もっと早くに始末をする決断ができなかったのが規模が大きいだけに国内の反動ショックをケアしたものだろうが、膿は相当に深く日本の場合とは違う傷の癒しには4-5年は掛かるかもしれない。 日本は中国とは違って人口減少の中のデフレからの出口探りにすでに丸3年かかってこれである。ほとんど実質の経済成長とGDPの拡大は殆どゼロである。 この需要不足はもう国内だけでは無理である。 その間にため込んだ大企業をや中堅企業の余剰利益は国内の構造改革がほとんどガラガラポンくらいのかき回しが与党政権でも全くと言っていいほど手つかずで放置されているため、うわべは総論的には格好をつけても中身は全くの無視無策だ。 だから国内からの自然と沸き上がるような経済拡大圧力が沸き上がらない。 カネを転がすような金融遊びでうつつを抜かしているのだ。 こんな国内での実需が出にくい事情はいろいろな規制の縛りにも原因がある。 いわゆる既得権益が邪魔をしている。 まだしもこれからの脱却には持てる内部留保金を海外で使うことしかない。 トヨタの社長が日本だけでなく世界に桜の花が咲く時代と喝破した。 もう日本は特殊日本を売りにしてはイカン。 美しい日本とか形容詞の日本にはもう飽き飽きだ。

現象形態と本質にこれほどの乖離はむしろ日本の誤解させる元である。 やはり車文化で世界一をいまも維持するトヨタこそ日本のいまの象徴的かつ理想の唯一の企業である。 観念とかせせっこましい国の敷居にとらわれずに悠々と世界の潮流に合わせて乗りこなして行くその姿には畏敬の念を覚えずにはおれない。 日本はこの珠玉のこの浮利を求めないモノづくりの企業がいるということの重みを国のあるべき姿に置き換えられればとの思いを痛切に顧みるこの年の初めに新たにしたい。

世界一、もちろん日本一でこれほど穏やかな生粋の創業者一族がいまも経営する超大企業の新年の英語でのスピーチがあったという。 国内生産はほとんど1/3で、つまりは1000万台のうち700万台は海外で稼ぐ。 この有言にして謙虚な企業が日本で今も横綱をはり世界でもそうであることを誇りにしたい。

これを育てた中京地区は日本の宝の地域ではある。

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