2016/1/24 (敬称は省略します)
世のなかとんとん
民主との統一会派解消も=解党応じなければ-維新幹部
●まだこんなことを言ってる。 民主・岡田に出来る訳はない。
もう持ち掛けたのは昨年12月だろう。 出来るはなしだったらとっくにできてるはずだ。 岡田には公労協の組合出の議員とは一蓮托生で、彼らは裏で自民政府に繋がっている。 いわば自民と野党民主は水面下でツーカーだろう。
自民が既得権益グループとすれば、つまりは民主野党の公労協はざっくりと言えばまぎれもなく既得権益の一気通貫だ。 日本にくすぶる公務員400万人のグループは一見対立に見えて利益権益団体の切り口で見れば表向きだけで中身は同じ御用組合的親睦団体なのだ。 そしてそれら以外の国民大衆に対して、資本家対労働者の数十年前のイデオギー対立時代の残滓をいまだ目くらましで言ってるだけ。 もう日本には労使対決なんてない。 あるのは既得権益グループとそれに預かっていない非組織グループで既得権益外の括りである分け方だけだ。 それなのに与党野党の分け方も単に政権党とそれに預かっていない党との呼称の分け方で呼びならわしているだけと解釈したほうが分かりやすい。 しかしアメリカの学者の中では、こんな日本社会の分け方はいずれ行き詰まると警鐘を打っている。 つまり日本の社会はその意思決定につまるところ自己変革のない単なる協調主義だけで、とりあえずは身近な現実的利得がその繋ぎのポイントでしかない。 極めて社会変動に対してその絆が弱いとも思われているのだ。 それでもそれ以外の国民からの税をうまく収奪して彼らよりたかが行政サービスのくせして平均で一人頭300万円以上の取り過ぎの給与を搾取し続けるためにも与党の時も一時は野党民主の時も幅広く既得権益集団としての公労協などの行政の網を張り巡らしてときの政権につかず離れずの風見鳥の立場維持には心を砕いている。 どっちに転んでも利得集団の立場だけからは離れないのである。 体制の反対側にも疑似グループを送り込んで意思決定を取り込むやり方はこの国の常套手段である。 いまそのための無駄で非効率なこの戦後体制がとどのつまりの壁にぶち当たっている。 一億何とかはその矛盾のでんぼである。 もうお芝居が利かなくなってきたのである。 八百長で慣れたこの公労協と政権のお手盛りがこの国の行政の高コストと非効率と利益誘導のトリレンマに陥っているのだ。 残りの騙されている国民もやっとこさそれに気づいてきたのか、もう一億火の玉・・・・なんてたわごとを信じていないのだ。 苦労するなら平等だ。 うしろで舌を出して騙すような自民政権には面従腹背で付き合っているだけだ。 いずれこの神輿にぶら下がる連中を振り落とさないといっぱん国民は無駄な荷物を抱えさせられて疲労困憊なのだ。
民主なんて表向きで自民とうらで握手しているんだから岡田は動けないのだ。
最大のアホは岡田だ。 維新と一緒になるよりは、民主が右左に割れることが正解だ。
この際は民主は維新の党とは絶対に合わないのである。 むしろ合流せずに共産党との野党連合こそが渦中の栗を拾ってでも生き残る道の一つでもある。 それこそが一時的にでもにせよ生きねばならないいばらの道じゃ。 そして民主は岡田もろとも公労協と命運をともにせょ。 そしてどうしても困るならば自民に飛び込めば拾ってくれる。 もともとが親分は政府地方自治体そのものでお雇い主じゃないか?
もうこれで日本の政治がいかに協調的な組合主義かはアホらしいほどの漫画チックで滑稽極まりないシステムなのだ。 捉えてみれば泥棒が実は警察官なのだ。 こんなことでは行政改革とか岩盤破壊とか規制はできる訳はない。 もうすでに自民政権そのものが大政翼賛会のまねごとの再来だ。 こんな疑似政権体制では日本は絶対に世界の指導国にはなれない。 安全保障5大国になんかに政治見識的な観点からもアメリカの腰ぎんちゃく以上の仕事ができないとみられるし実際にそんな政治力をこの現実世界で発揮する力もこれからの経済力もない。 いつまでもメリカで事足りるのだ。 そしてこれからは国連以外では世界は米・中・露が核となる。 日本は飽くまでもその外周を回る衛星国でしかない。 それも英国・仏・独よりは確実に外周でたぶんいずれインドの外になるのも間違いない。 そして歴史の中で文書大国の烙印を押されて形式主義に流されて自己変革が出来なかった落ち目の国と注釈付きで歴史書に付記されるはずだ。
いまダボス会議でも日本は市場経済の国ではないのかと疑念がもたれるのは
表と裏の使い分けがよその国からも見透かされてきているのだ。 曖昧な国とみられている。 信用ならぬ国ともみられているのだ。

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