2016年2月24日水曜日

大きなお世話だ。 野党の選挙協力を批判する自民へ。


2016/2/24  (敬称は省略します)

大きなお世話だ 野党の選挙協力を批判する自民へ。

自民党の谷垣幹事長は22日の記者会見で、共産党が夏の参院選で野党選挙協力のため1人区で候補者を原則取り下げることについて、「共産党と民主党の共通点は一体何なのか。当選した後どういう活動をするのか。おかしな結果が出てくる」と批判した。民主党に対しても「(共産との協力は)自らの存在意義を否定する行為だ」と述べ、けん制した。

しかしそれならば自民があのコバンザメ、ひっつき虫の公明とツルムのはいったい何なんだ。 いつも公明の小言に苦笑して小言めいてご意見されて平コラへつらっている姿はもう見飽きたし見苦しさを通り越した漫画の世界だょ。  それと谷垣は局部を失った宦官と同じだょ。あまりにも自虐過ぎて哀れさは見苦しい。 いつまで次の棚ぼたを待ち続けるんだ?   アベの使い走りもエエ年していつまでも潔くない。

それにしてもやっとのことで民主と維新の新党がなんとか船出しそうだが、愚図の岡田が新党の船頭では折角のイメチェンが台無しだ。 代表の松野も軽すぎる。 いずれ党名も刷新して自民に先駆けて蓮舫に任せょ。 自民のバカとクズおんなどものバカらしさは軽薄の極みを超えて嘆かわしい。 (野田女史を除く)。 一挙に世の中の空気が変わろう。 なにとぞ岡田だけは降ろしてほしい。 暗すぎるし大衆的でない。 せっかくの料理がまずくなる。

それと新党への移行に際しては労組上がりの連中は数が減るのは仕方がないがあまりにも労働者に対する運動をしていないのでこの際は社会党か共産党にでも党籍を変えたらいい。 もう今は労働者党は日本にはない。 連合もその意味では社会党か共産党の応援隊になつたら。 国民連合に所属する民主ならぬ新党Xは国民中道右派をそのベースにすべきである。働く者のすべてのものを包含するためのものであり、なにもサラリーマン企業だけのものではない。 すべての生活者を対象にする国民大衆に奉仕するの意である。こんな分け方がイカンのならば、すべからく大同合作して国民連合中道党とでもいう連合政党を作ってその下にどうしても連合合作できない場合には今までの政党がぶら下がればいい。 しかしながら水ぶくれになりすぎた肥大与党に対抗するためには野党連合的なものは必要である。 弱いいわしも強敵に向かうときは大きな群れの輪になって大きく見せる。国民連合的な大きな輪の括りだけは知恵を出してまとめる必要はある。 それの触媒になれるのは共産党である。 日本にもあらたな野党連合の国共合作、公武合体の新運動が考えられてもいいはずだ。 それがあってこそ日本があらたな活性化に向かうことにもなるのだ。 アベの大政翼賛会政治には国民連合政権構想でもって新たな対抗軸を構築すべきと思う。 どのみちいちばんの敵は両タイプの政治体制でも大切なのは内なる既得権権益に走る人間の性でありそれを事前に留める対抗勢力の存否が政治の腐敗を留めるのである。 人は、いい人そうでない人の区別は仕方がないのだ。

生まれたあとの生きざま環境でどうにでもなれるしなるのである。 世の中に絶対ということほどのものはありえない。

まさに転石苔生さずは古今の名言でありこれ以上のものはない。

いまアベ政治は内より想像以上に苔むして腐ってきている。 早いか遅いかの段階である。ももくり3年柿8年とアベは茶化したがアベの人間的素材で8年も持たせれば日本人は世界に大恥を搔く民度の程度とかならず揶揄されるはずだ。 いっぱん国民はもう少しはアベよりは矜持があり人間力は間違いなくあると思考する所以だ。

 大政翼賛会的傍観無視はこの国を殺める時期の到来に警鐘を鳴らしている。 遅まきながらも政界野党が動きをはじめたのも天の配剤とおもわねばならない。 その時には新しい革袋にはやはり新しい酒を入れた方がいいに決まっている。 けっして古い濁った酒は入れてはならないのである。

せっかくいままで待ちに待った甲斐をまたまた無にはしてはならないと思う。

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