2016年4月11日月曜日

ウルグアイ前大統領ムヒカ氏の「一番大きな貧困は孤独だ」


2016/4/11 (敬称は省略します)

ウルグアイ前大統領ムヒカ氏「一番大きな貧困は孤独だ」

●まっさきに思ったのは戦前の日本といまの北朝鮮のことだ。  引きずり方は違っても、国としての孤独度は以前の日本もほとんどいまの北朝鮮と引けを取らなかった。  北も国家として引き去るものもない代わりに、新しい刺激を加えられることもない。 そして自爆化への一瀉千里へ向かっていくのか?

 その意味で人間も国もやはり一人では生きられないのだ。  ある面、北は悲劇でもあるがその孤独の内実の中で爆死してもよいと纏まっている姿には、いまのイスラム国家に纏わる日々日常化しているテロにも通じる孤独化を強いられているように見えない鎖の束縛がある。  日本はその同じ連鎖の中で国家自爆のチャンスをアメリカの原爆2発で不条理にも奪われたある意味幸せであった。

それはアメリカが更なる日本の孤独への道をアメリカ軍の想定を超える被害という計算式からの判断であったことは戦後知らされることであった。 

彼、ムヒカが若きときに左翼革命運動に投じた戦士だけにいまの慈父に似たあの巨象に似た小さい人懐っこい目の瞬きに政治家に加えて宗教家の雰囲気を漂わせているのは日本にはない政治家の顔である。  

そして次に今日本もその真っただ中で苦闘している家族の紐帯の崩壊を留めることにも大切な努力を指摘している。 言い換えて人生を他人と共有することが大事で、家族や考えを同じくする人を大切にしてほしいとも言っている。

じつに普通のことだけにいまの日本の世間の状況と比較して忸怩たる思いを抱かざるを得ない。 その根底にはすべての過剰消費のための過剰労働、過剰効率追求に対して人間が逆支配されていることを訴えている。

そんななかで、たまたまパナマ文書が世界を駆け抜けた。 まさに対極の世紀の暴露であのスノーデンも今世紀最大だろうと述べている。 

かれら現実の指導者らも実質カネにはひとり孤独なんだと思わずにはいられない。 

やはりオバマは広島に来てほしい。 就任時のプラハ宣言とどうしても実践できなかったにしても核廃絶の祈りを捧げることは一つの行動と宣言の帰結をとりあえず世界に訴えるものだ。実にオバマの言行一致のためにも。 日本にはその被害者としての実体験の揺るがせにできない事実を持っている。  これから人類が続く限りは核との共存は避けられない。 わずかに80年前後前に核兵器を手にした人類はどう見てもこんご何千年、何万年とこの地上に、いや他の惑星に棲むことになってもこれはもう孤独でき済まない世界共有の問題である。

日本もいつまでの憲法にしてもアメリカが押し付けたと現トップが低次元の変える理由を言っている。 しかしアメリカがいずれ核廃絶に踏み切ればそのあとをくっついて頸木に連れられて繋がるのだろうが、本当は核無き世界への引導はまさに日本が先導してあるべきものではないか?   これが不条理にして国家の怠慢ゆえに命を奪われた国民への失ってはならぬ永遠の国家の義務であるはずだ。 いま日本も本来の立場からはオバマに負けないように率先垂範、アメリカのポチの立場からしても核に正対しないとまたまた日本は核問題に関しても孤独な立場に置かれてしまう。そして世界の日本を見る目はタダの経済的孤独国家、昔のドゴールが喝破したような単なるトランジスターのセールスマンと一蹴される立場に貶められるのだ。

 日本はその意味で第一発言者の有資格国家だけではだめなのだ。 核の第2ステージには少なくとも嘴を入れないとまさに世界の核運動から孤独な国家に成り下がる。 広島長崎の戦没者20万人以上はいわば犬死でしかない。

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