2016/4/26 (敬称は省略します)
世の中いろいろ
いまこそ大風呂敷後藤新平と列島改造の天才田中角栄による防災国家を望む
●もう我々日本人はこの列島に住まう限りは、この地震を含む自然災害からは逃れられない。 過去大災害によっていろいろの再建・改革がなされてきたが
とくに今回の熊本大震災を目の当たりにしてもう少なくとも20-30年に一回くらいは地震を含む自然災害は避けられないと言うことは心底覚悟したのが共通の意識だろう。 その都度貴重な人命と財産を失う悲劇の歴史を繰り返している。 今の近代国家にしてもまさに人間は無力そのものだ。 地球の直径は12600キロ、半径は6300キロ余り。 その外側の薄皮饅頭の約35キロが地殻でそのうえで我々人類は生きている。どう見ても残りの6265キロがマントルと言われる気の遠くなる球形の上に存在している。 どだい喧嘩するわけにも行かない代物だ。 人間は学習できるが、どうも自然災害には逃げて時間経過の中で忘れることで済ましている。 もうそろそろ負けても小石くらいはぶつける抵抗を試みてもいいはずだ。 もうその時はちまちました人間の社会通念を超えた大風呂敷も覚悟しなければ話にならない。
たとえば日本は世界に冠たる自然災害国家であってそれに立ち向かうチャレンジャーとしては誠にふさわしい有資格者である。
少なくとも日本6分割の道州制くらいの地割で各地域に少なくとも10-100万くらいの区域別の防災完備人口都市を常時開けておくことだ。 もちろんそこは非常時のための完全な行政代替機能を有する完璧な新都市である。 どんだけのカネと土地がいるのかは研究させればいい。 これだけでも心理的には国民は安心できる。 つまらぬ無駄遣いの末の1000兆円に喃々とする財政赤字のことを考えれば、日本民族の保険としての心理的効用は計り知れないものがあるはずだ。 政治の目的としてももう今の国民の関心の深さから見て大方の賛同は得られるものだろう。 要はそれをリードする政治のスケール対応度である。
アベが如きケツの穴の小さいのでは無理で、後藤新平、いま再評価されている
田中角栄くらいでないとむりだ。 そしてそれには地方出身の人の複眼的思考が必要だ。 とくに東京と官僚出の人間ではさせてはならない。 もう既得権益側の攻防に耐えられない。 これを超絶して成しうる日本の大助っ人が
存在してるのか、はたまた国民がそれを生ましめるほどの政治・社会的民度の
高い高潔な人物素材がいるかどうかである。 日本再生にはこういう人物の登場させる土壌があるのかないのか、トライしてほしい。 それこそいまみんなが求める日本の救世主である。 もし仮に100万人の災害避難者があってもびくともしない、そんな国ならば、税金は望んでも払うのは誰が拒否しようか?
それと政党なるものの下らぬイデオロギーの論理は不要だし話にもならない。
政争からは程遠いものだ。

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