2016年5月11日水曜日

核被害の日本に核廃絶の日本人政治家って見当たらないのはなぜか?


2016/5/11 (敬称は省略します)

核被害の日本に核廃絶の日本人政治家って見当たらないのはなぜか?

●オバマの広島訪問が世界に駆け巡っているも、日本人はそこに日本人がいないことに不思議を感じていない。 もう日本人にとってあの原爆は敗戦とともに雲散霧消したようだ。 歴史の判断に任せるとはなにも記憶しないし引き継がないという日本人の不思議な習性である。 この無意識さが日本を取り巻く周辺諸国とのいまも軋轢の心理的トゲだ。 もう臭いもの、いやなものには蓋をするというこの日本の心理はやはりほかの民族、国民からは理解されない。

なんでも水に流すというやり方を何とも思わないこの習性からは深い反省は生まれない。 日本にそういう意味の精神文明が欠如していることがほんとうの大国とはなりえない原因だろう。 だからまたまた繰り返す危険があるのだょ。

この27日にオバマにくっついて行くアベポチのなんという皮肉な歴史的巡り合わせか?   アベにはもともと核に対する哲学が無い。 こんな男をオバマ桃太郎が連れてゆくのはいくら何でもオバマの演出に水を差すはずだ。 大きな欠点だ。

文芸春秋の次の号の広告がきのうあった。 その中にアベの母親がアベを語るらしい。 宣伝広告に宿命の子とあった。 思わず吹き出した。 この母親の写真がまるで拝みのおばはんのように気味が悪く見えたのだ。 なにか宿命か、アベのいままでの動きから見て日本にとって宿病をもった戦争を齎す不吉なゾンビである。 このババにしてこの息子と思わざるを得ない。

情のない非人間的無慈悲な鉄面皮がオバマの背後霊のようにくっついて行くこの気味悪さにオバマも気が付いていない。 せめてケネディ女史あたりにでもすればいいのに。 オバマも騙されている。

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