2016/6/1 (敬称は省略します)
構造改革の中身には省庁再編を考えるべきだ。
●政権が今回毀誉褒貶があっても、増税についてはともかくも財務省を捻じ伏せたのはよろしい。 それだけに財政出動だけに囚われず、行政の効率化が早速に取りついて再編にまで繋げてほしいものだ。 小泉ジュニアならずとも例えば厚労省は、すでに舛添厚労大臣の時、さらにさかのぼれば民主党時代にも言われたことがある。 大体の集約意見は3つに分割することだろう。 余りにも予算的な配分から見ても大きすぎる。 そんななかで一人の大臣でコントロールできるわけはない。 そのことが官僚の割拠主義を産み非効率になって情報の疎通が遮断されるのは当たり前だ。 それと同様に大切なのは財務省の人材派遣による各省庁への予算を通じての関与浸透は本来のあるべき姿からはじつに古臭い省庁支配の悪しき伝統になってきたのはご承知の通りだ。 今回内閣人事局制度が動き出して官僚の人事が官邸人事局で把握されることによる官邸の力学向上があったとすれば、これはもう財務省による国家権力の二重支配の悪弊が取っ払われる初めてのケースではあるまいか? 現象的には今回の増税に於いて、とくに軽減税率の取り扱いの際の財務官僚やアソウ財務大臣の問題の把握力の取り違いと情報収集力の劣化はじつに酷いものであった。 その意味では逆に、とくに与党の一角でこれに激しく抵抗した公明の粘りは評価すべきである。 もちろん今回の19年10月の延長合意の中には今までの軽減税率の枠組みはそのままスライドするようだ。 このことについてもいまの財務省は全く蚊帳の外なんだ。 相対的な財務省の地盤沈下は他省庁、つまり成長を目指す経産省の伸張に与することになるのは当然のことである。
ほかにもいろいろの問題省庁の組み替えもあろうが、とにかく一つだけでも大変な内閣事業だ。 まずは厚労省が一番の問題省庁であり、国民生活にも大いに密着している。 たとえば年金などの社会福祉はもう当然に年金省か社会福祉省になるべきだろう。大臣の数に制限される必要はサラサラない。時代のニーズに即応すべきだ。 せっかくここまで来たのだからアベ政権の残余期間でやるべきだ。これをしないで構造改革なんて絶対にありえない。 上っ面の改革ではこれからの国家百年の激動と激変には耐えられない。
株を上げるだけが能じゃない。 実質的に国民生活がどう豊かになるかである。 暫くは無理して株の操作なんかするなと言いたい。 はやくアメリカのように失った金利の利益を国民に取り戻してやることも大切な国の役目だ。 余りにも国民が浮利を追い求める浮つきが日々の落ち着きを無くさせているのは政府がそんな政策を改めないからだ。 もっと国民に落ち着きを与える堂々とした政治を提供せよといいたい。 国民も真の改革に飢えているのだ。
いずれにしても国民大衆は政府のそういう意味でのやる気をここ数十年間
見たことがないのだ。 まさに政治の怠慢、ここに極まれりだ。

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