2016/6/12 (敬称は省略します)
世の中いろいろ
舛添・甘利の逆風は参院選の比例を直撃する
●とくに甘利問題はまさにどさくさの酷いさだ。 もうアベと検察のズブズブの爛れた関係を満天下に晒した。 厚顔無恥もここまで極まれりか。 舛添の第三者ヤメ検のズブズブとも重なってまさに日本は法匪の跋扈する治外法権地帯が霞が永田町・霞が関にあることを実証した。 せんごここまで検察が政治に屈したことは検察がいかに俗物の集団か己の身を以って晒した事で政治に屈した汚れた恥は刺青のようにもう消せない。 それにしても実に安直に検察の威厳を売り飛ばしたものだ。 とくに舛添の元検はカネを貰っているだけに普通の商売人と変わらず第3者ではない。 舛添の言う第3者は間違いである。 つまりは隣のおっさんにカネを払って苦肉の弁明させただけのことだ。
問題の出版社の社長はもう死んでいるという。 幽霊とあったというわけか?
ヤメ検もそれには会えていないとは? 会えるはずはない。
というわけで今回の参院選はこのふたつだけ取ってみても、アベ政権には鋭い冷たい目線が投げかけられている。 おそらく数字は分らないにしても開けてびっくりの過去の参院選のトラウマを引きずるような結果になることだろう。
それは分かっていてやった確信的判断だから、いかにこの政府が国民大衆を舐め切っておっかぶせる様な仕儀を敢行したかがよくわかる。 神のみぞ知ることであるが、4年目に入るこの政権はもう総じていえばあらゆる観点から下降気味である。 とくに経済においてはまず挽回は無理だ。 それと何一つ今までの内的懸案課題を掘り起しできていない。 そしてそのことが内需掘り起しのできない原因であることにいまだ理解未達である。 なのに政治姿勢は強権的で恣意的に束縛的でもある。 自由な多様性の思考を許す度量には程遠い
このやり方では国民大衆の自立的攪拌的な発酵を妨げることにしか政治手法が向かわない貧相な政治では、国民大衆の地力を引き出せない。 余りにも貧しい狭量と独断的で国民大衆の自由を尊重しない政府の明日への展望はもうこの4年間でよく見えた。 ご退陣しかあるまい。 居座れば居座るほど日本には迷惑だ。 参院での与党勢力の過半数割れを切に期待する所以だ。

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