2016/8/6 (敬称は省略します)
世の中いろいろ
企業本位よりは国民生活本位。そのためには以前よりも円高容認だ。
●さいきん企業業績の先行きが円高によって減益傾向になるとしてマスコミはうるさく言い募っている。 しかしこれは大衆経済的には大いに歓迎すべきである。 原油の落ち着きもあって生活物資が安定的に推移することは心理的な落ち着きを招来して無理にも小手先の作られた賃金引上げを謳うよりも国民生活の安定には欠かせない。 とくに企業にとってはどのあたりが円高、円安の分かれ道かは一定ではない。すれすれのところもあるが80-90円でも十分なところもある。 それに反して円安効果による生活物資のすそ野の広がりはあまねく日本に波及するのである。 最近もあの小狡い関電がもうこれからは電気代の値上げはないと発表した。 思わず唖然とした。 原発が全部不稼働になって関電はもう数年になる。 原発停止のあの頃は、計画停電とか値上げなどとさんざんユーザー無視、不在の横着三昧だった。 いつも供給者論理で強面経営をほざいてきたこの関電も電力販売自由化のほんの表面的解放でユーザーは全国どこの販売会社や他業種参入企業からでも買えるようになってもう半年近くだ。 なんと関電の契約者は20数万件の大阪ガスより新規購入の振り替えがあった。 今回、それに対抗して関電はガス販売に切り込んで大阪ガスへのリベンジに向かうとのことだ。 当然のことでいままでなかったのがよくなかった。
結構なことであり、こういう時代がやっと来た。 まさにこれは強面供給者至上主義の崩壊による規制緩和効果のまさに一例である。 世の中にもう数限りなく張り巡らされた規制の網にもうユーザーも窒息していたのだ。 こういうことひとつとっても日本の生活コストの高さは先進国でも極め付きなんだろう。
もう日本のように熟成した資本主義国では政府が音頭をとってああだこうだという必要はサラサラない。 こういう要らざるガード規制を外してやるだけで賃金ではなくても家計経済の合理化がなされるのである。 それを円安・円高などと声高に言うこともないのだ。 じつにいまの枠組みの中でいかに知恵をだせばかなりの不要コストを無くすことが出来るのだ。 これは勿論国民経済的にはデフレに働いても心理的効果はバカにできない。 いわば良性のデフレである。 いま世間を騒がせているオリンピックの伏魔殿の施設などの原価高騰も小池新都知事の意欲的な解剖手術で改めて腑分けされ直されて、中身の望まない悪性インフレコストを排除してしま喫緊の待機児童対策へと転用すれば如何ばかりかの社会効果が期待できようものだ。 その意味で成長とかその果実と言って群がる悪徳政治家、官僚、世俗商人らの暗躍を絶対に許してはならない。 我々は成長の大いなる街宣車の大騒音の隠れた消費者を欺く悪辣政官財と学に加えてマスコミのがなり立てには大いなるウソと我田引水が隠されていることを忘れてはならない。
万物は流転する。
円高の時代は悪くはないのだ。 いたずらに嵩上げインチキの企業本位の円安は消費者を騙くらかす猫だましと注意を怠らないことだ。
それにしてもオンナ一人旅を地で行った小池木枯らし百合子姉御のすさまじいミサイルはそんじょそこらのバズーカの一千発にも比する物凄い衝撃派となっていまもこれからも首都直下を舐めつくす勢いだ。
これは留められない消費者、生活者の心を捉えるものと思う。 その意味で一旦は日本もリフレのインチキはもうノーサイドでデフレを改めて見直す心のチャンスとなせと言いたい。
安易なリフレのシュプレヒコールに迷走してはいつまでたっても堂々巡りだ。
一端は立ち止まってあたりを見回す余裕が今だからこそ必要だ。 大きな声に騙されてはイカン。 小池ミサイルの向こうにいずれ微かに見えだすものが大切じゃ。 そのためにもこの大年増・厚化粧のお姉さんはどうみても守ってやらにゃ。
立ち位置はどうかシラネども野田聖子も次に続いてほしいものだ。 じつにオンナも物申す時代にやっとなりつつあるのは頼りないオトコの所為でもある。
もう老害の森は日本の天敵じゃろう。 それに気づかないのがもうそれを示している。 もう病なのじゃ。

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